9)ダンス!ダンス!ダンス!

 履歴書の趣味の欄には「歌うこと踊ること」と書きたい気持ちをぐっと抑えて、
いつも「合唱・ダンス」と書く。ダンスと呼ぶほどではないものも含め、踊るのはとにかくとても好きである。
体を動かすので、運動不足の解消にもなるし、ストレスも発散できる。

                       

サタデーナイトパーティー 

 チリでは毎週のように、土曜日の夜パーティーがあった。時には日曜日にもあって、
二日連続でパーティーということもあった。誕生日のパーティーも日本の中学生くらいの歳になると、
お酒とダンスが中心である。チャカチャカと早いリズムで踊るのが多かったが、
スローテンポでのチークダンスもよく踊った。成績のいい子より、かけっこの早い子より、
踊りがうまい子のほうが尊敬される世界である。日本と違うのは、必ずペアで踊ること。一人で踊ったり、
大勢で何となく丸くなって踊る、というのはない。男性が誘ってくれないと女性は踊れないので、
誘ってもらうまでは結構やきもきする。ダンスの型というのは特に決まってなくて、
自己流で踊っている場合が多かった。

バレエ 

 中学1年のとき、学校の教室を使って放課後バレエを教えてくれるという話になった。
好奇心が旺盛なのかなんなのか、こういうときは当たり前のように「やります」って言ってしまう私。
この時も何も考えず、即座に申し込んだ。バレエだけではなく、ロシアのダンスも教わった。
とても楽しかった。しかし、1年もたたないうちに体を壊し、1週間寝込んでしまった。
当時私は放課後コーラス、ピアノ、英語、と毎日何かやっていた。日本なら当たり前かもしれないが、
チリでは考えられないことだった。医者に怒られ、「何かひとつやめろ」と言われた。
コーラスは大好きなので絶対やめたくない。英語は必要だからやめるわけにはいかない。
ピアノは...その当時は作曲家になりたいと思っていたので、これもやめるわけにはいかないと思った。
で、泣く泣くバレエをやめた。練習用の衣装は箪笥の奥にしまいこんでしまったが、大学生の時、
何かの拍子に出てきた。ずいぶん太ったと思っていたが、着てみたらちゃんとはいった。
嬉しかったので写真を撮った。

               

フラダンス(もどき) 

 8年生(中学2年)かその次の年だったと思うが、独立記念日のお祭りに何をやろうかという話になった。
その年はチリのいろんな地方の音楽と踊りを習っていたので、グループに分かれて
それぞれ違った地方の踊りを踊るということになった。私はCUECAというチリの代表的な踊りを選んだ。
お祭りなどでは必ず踊るものなので、ここで覚えておけば後で役に立つと思ったからである。
授業だけでは練習時間が足りないので、放課後にも来るように言われた。行ってみると
まだ前のグループが踊っている。そのグループはイースター島の踊りを習っていた。
要するにフラダンスである。面白いので一緒に入れてもらって教わった。ほんのちょっとかじっただけなので、
たいして踊れるようにはならなかったが、基本的な手の動かし方と踊りの雰囲気だけは覚えた。
日本に帰ってから、高校のコーラス部のクリスマスパーティーで1回、某語学学校の
クリスマスパーティーで1回、ラパヌイ(イースター島)の歌を歌いながら踊ってみせた。
余興としてはなかなか楽しい踊りである。

フォークダンス 

 中学3年の終わりごろに帰国したので、フォークダンスを習ったのは高校に入ってからだった。
マイムマイムやオクラホマ・ミクサー、コロブチカ、ジェンカなど有名なものは一通り全部習ったが、
とても楽しかった。その後「全国高校家庭クラブ連盟」なるところの「指導者養成講座」とかいうのに
送りこまれて(料理も裁縫もまったく駄目なのに、なぜか家庭科の先生に気に入られ、
言いくるめられて合宿に行ったのだ)、そこで出会った他の高校の生徒たちとフォークダンスを踊ったとき、
「日本人は全国どこで育っても同じものを習っているから便利だなあ」としみじみ思った。

 ところで、問題。マイムマイムの『マイムマイムマイムマイム…マイム』そのあとは?
正解は『ベッサソン』。去年友人たちに聞いたら、『エッサッサ』だの『レッセッセ』だのと、
皆結構いいかげんに歌っていたことが判明したのだった。