(9)忘れ物
妹は忘れ物の女王である。電車で定期を落として駅に名前が貼り出されたことも、
少なくとも2度ある。「明日の授業で提出しないと点がもらえないの」
と徹夜で描いた絵を部屋に置き忘れて学校へ行ったこともある。
電車の中で「これは絶対忘れてはいけない」としっかり抱えていた画材を、駅に着く直前、
脇にちょっと置いて、網棚の上の荷物をよっこらしょとおろして、その荷物だけを持って降り、
画材は座席の上に置き忘れたなんてこともあった。一番高くついたのは三味線。
泣きべそかいてたから、あれで懲りたかと思ったけど、やっぱり忘れ物は続くのであった。
ある日、妹は上機嫌でスーパーから帰ってきた。「安かったのよ〜」。
見ると、傘ばかり4〜5本持っている。当時、妹と私は2人暮らしだった。
「なんでそんなに買ったの」と聞くと、「これだけあれば、しばらくもつと思って」。
だが、あっという間に傘は1本もなくなってしまった。
妹は結婚後も歯医者だけはうちの近所のに通っている。
ある日、私がその歯医者に行ったら、どこかで見たような傘が玄関においてあった。
私の傘を黙って借りた妹が、歯医者に置き忘れてきたのだった。
しかし、こんな妹が長い間なくさずに持っていた傘がある。中国で買った傘で、
妹は「これ、すごく高かったのよ」と大事にしていた。しかし、あるとき、
日本円に換算してみたら、たったの400円だったと気づいた。
しばらくして、その傘も他の仲間たちと同じ運命をたどった。
結婚した今も妹は子供達を連れてよく遊びにくる。妹が帰ったあと、
忘れものがひとつもないなんてことは、今のところ、一度もない。
最初の子だけの頃、よく、冗談で「子供忘れていったりしないでよ」と言うと、
妹は「まさか、それだけは」とちょっと怒ったりしていた。
でも、2人目が生まれて少しして遊びにきたとき、
「そろそろ帰るわ」と言った妹は、いきなり玄関に座布団を持っていって敷いた。
私がびっくりしていると、妹は赤ん坊を座布団の上に寝かせ、荷物を取りに部屋へ戻った。
「なぜこんなところに赤ちゃん寝かせるの?」と聞いたら、
「置き忘れてはいけないものは玄関にまとめておくの」。
まあ、それでも、今のところ、子供達は無事に育っているから、いいとしよう。
(10)時間
母は時間の感覚がとってもアバウトだ。以前、『「超」整理法』という、
時間の前後をもとに書類などを整理するということを書いた本がベストセラーになったが、
母にはあれは無理だ。「これ、昨日買ったばかりよ」というヨーグルトが、
6日前に賞味期限が切れてる、なんてのは日常茶飯事なのだから。
今年のできごとだと主張することが、4年前の話だったなんてこともよくある。
昔、両親と弟がブラジルに住んでいたときのこと。弟が通っていた日本人学校で、
カレーパーティーがあった。数日後、母は弟に言った。
「あのときのカレーの代金を計算した紙、学校からきたでしょ。どこへやったの」。
弟は「そんなのもらってない」と主張したが、母は聞き入れず、
「なんでも散らかしておくからよ」とブツブツ言っていたそうだ。
その翌日。学校から問題の請求書がきた。日付はもちろん、その日のものだった。
母は目を丸くした。「確かに、すでに見たはずなのに。この(半端な)金額、この文章、
この明細、細かいところまでまったく同じよ。なのになのに、今初めて来るなんて」。
どうやら、母は過去と未来の区別もつかないらしい。