(8)
最初の頃は、一体何人くらいがスペイン語の法廷通訳を
やっているのか知らなかったし、興味も持たなかった。
ある時、横浜の事件が増えたので、偶然会ったKさんにそう言ったら、
「そう。最近私は横浜はやめたんだ」。
さらに、その頃、何件も前橋や宇都宮から依頼があったが、
授業との関係で断っていた。あれは地元で誰か見つけたのかなあ、
なんて思っていたら、Kさんが「最近何だか前橋とか宇都宮が多くて」。
もしや、と思って書記官に聞いてみた。
「えっと、一応名簿には5人載ってるんですけど、あとの3人はお年寄りだったり、
本業がとても忙しくて頼めなかったりでね。実質2人ですよ」という答えだった。
「えっ?東京は2人だけなんですか?」
「いえ、関東全域、それに新潟とか静岡とかもそうだし、
とにかく、東京高裁の管轄のところは全部同じ名簿ですから」。
一瞬、目まいがした。道理で忙しいわけである。
そういうわけで、おそらく、現在、東京およびその周辺では、
私は2番目に古いスペイン語法廷通訳ということになる。
(9)
さて、半年かかった最初の事件が終わったあと、
丸1か月間、裁判の仕事はこなかった。
が、1か月後に引き受けた事件(通算5件目)から、
今年(2000年)2月9日まで、手持ちの事件がなくなったことはない。
ピークの頃は手持ちの事件が平均13件、最高19件。
この19件のときは、授業も週に12コマ持っていて、平均睡眠時間が2時間だった。
1日40分しか寝ない日が続いたこともある。
その後、通訳希望者が増えたこともあり、手持ち件数はだいぶ減って、平均8件くらい。
1999年末までで319件。今年はさらに減っているので、
これを書いている現在、通算334件である。今年は平均5件くらいの感じ。
法廷通訳をやっている人たちの間でも、人によって事件数の数え方が違う。
1回法廷にいったり接見に行ったりすれば1件と数える人もいるが、
私の場合は、1つの事件を1件と数えている。
だから、1件が合計2時間のときもあれば、何十時間、何百時間と
かかっている場合もある。2年越しの事件なんかもよくあるので、
件数で言うのはあまり意味がないかもしれない。
それに、最初に被告人が複数いて、途中で裁判が「分離」して
2件や3件になってしまっても、私はたとえばNo.278−Bみたいな
番号をつけて処理するだけで、相変わらず1件と数えている。
要するに、1991年夏から去年の暮れまでは、
授業以外の平日昼間の時間はほぼ全部、公判か接見かに行っていた
と言ったほうがわかりやすいだろう。
土曜日の夜や日曜日の朝に接見に行ったことも結構ある(土曜の日中は授業)。
しかし、昼間を全部埋めてしまうと、授業や公判の準備をするのが夜中になる。
若いうちはそれでもよかったが、そろそろ体にこたえるようになってきた。
公判の準備だって、事件によっては10時間や20時間かかるものも結構ある。
適度に休みの日を作って、こういった準備にあてないとつらい。
一昨年までは、1年365日のうち、休めるのがお正月の3が日と、
夏休みに海外へ行っている間だけ(それすら仕事半分なのだが)だった。
いや、おととしのメキシコ行きなどは、実際には1日しか遊んでいない上、
その年のお正月は3日から仕事をしてしまったので、
1年のうち休みがたったの3日、というとんでもない状態だった。
日曜も祝日もない上、夜中も働く毎日。おととしの暮れ、
ついに嫌になって、年賀状に「もう少し遊ぶぞ宣言」を書いた。
そんなわけで、去年は何度か生徒たちと飲みに行ったし、
久しぶりに幹事をして、大学のスペイン語学科の仲間とも集まった。
合唱の練習も例年よりはたくさん出た。
(正団員なのに1年に3〜5回しか練習に出ないというのがそもそもおかしいのだが。)
でも、まだまだ、世間一般の人よりは遊び足りないし、寝足りない気がする。
まあ、今年は担当事件が減り、家にいる時間が増えたので、
仕事の合間などに結構あちこちの掲示板に書き込みをしてストレスを発散しているが。(笑)
(10)
これを書いている今、ちょうど法廷通訳を始めて10年がたとうとしている。
振り返るといろいろ大変なことなどもあったが、結構自分には合っている仕事だと思う。
いつの間にか偉そうに裁判所のセミナーの講師をするなど、
『後輩』たちの面倒を見る立場になっているが、
ここまでくるのにはかなり自分でも勉強したし、また、いろんな人にお世話になっている。
特に、『唯一人の先輩』のKさん、東京地裁で最初の公判を担当した裁判官
(お名前がわからないのでごめんなさい)、
初期の頃とてもお世話になった裁判官のY田さんとY室さん、
自他ともに認める『中西さん係』のT書記官、4件目の事件で一緒に仕事をしたS弁護士、
10件目の長くて困難な事件を担当したスペイン語もできるH弁護士、
36件目(のB)担当のM弁護士、このHPを発展させるきっかけを作ってくれたT判事、
取材が縁で知り合った、何でもあっという間に答えてくれる物知りのK弁護士、
そして19件目で一緒に仕事をし、今も何かとお世話になっているA弁護士、
その他大勢の関係者らに、ここで改めて感謝したいと思う。
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(2000年10月1日)
(文体の関係であえて敬語を使っていない部分があります。ご了承ください。)
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