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    最初の仕事は控訴審、麻薬の密輸事件で、被告人は2人、おまけに1人は完全否認だった。
   それがどんなに大変なことかはそのときはわかっていなかったのだが。
   さらに、すぐ東京地裁の仕事も1件入ってきた。こちらは不法滞在。
   裁判の傍聴をしたことがないと言ったら、地裁の裁判官が手配してくれた。
   「中西さんの担当する事件より前にはスペイン語の公判がないので、
   他の言語のを見てもらいます。手続きの流れはわかると思いますから」と言われた。
   それよりさらに前に公判が開かれるはずだった高裁の麻薬事件は、何かの都合により、
   公判がしばらく延期になった。おかげで、
   傍聴>不法滞在事件の公判(地裁)>麻薬事件の公判(高裁)と、ちょうどいい順番になった。

    傍聴したのはタイ語の事件だった。通訳人の隣に座って、裁判の流れ、
   通訳のタイミング、メモを取る様子などを見ることができた。被告人は売春婦で、
   とってもかわいそうな話だった。ちょぴっと涙が出た。
   (ちなみに、自分の担当する事件では、もらい泣きなどはしたことがない。当たり前だけど。)
   そういえば、私が通訳しているところを通訳希望者に傍聴してもらうことは今まで何度もあったが、
   いつも普通の傍聴人に混じって、傍聴席で見てもらっている。
   隣でくっついて見ることができた私はラッキーだったのかもしれない。

    公判が終わると、裁判官が「証言台に立ってみて」と言う。
   「裁判では被告人は裁判官に向かってしゃべらないといけないのだけれど、
   通訳人が脇の方にいると、どうしてもそちらへ向かってしゃべってしまって、
   裁判官には伝わらないものが出てくるんですよ。表情などもよく見たいので、
   なるべく同じ線上に通訳人がいた方がいい。だから、私は、速記官が入らない事件では、
   通訳人に速記官の席に座ってもらうことにしているんです」。
   この裁判官は本当にいろいろ手取り足取り教えてくれた。
   今の私があるのは、この人のおかげである。

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    最初に面接に行った日、東京地裁から「これをコピーして用語の勉強をしてください」
   と言われて『法廷通訳ハンドブック』というのを渡された。
   当時はまだ市販されていなかったものだ。その頃とってもお金がなかったが、
   仕方なく自腹でこのハンドブックをコピーした。このハンドブック、
   間違いなども沢山あるシロモノだが、とてもお世話になったことも事実である。
   今はもっと用語集も充実した『実践編』が各言語出ていて、お店でも買える。
   スペイン語版は私が翻訳を全面担当したので、ちょっと宣伝しておこう。

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    初めての接見通訳は、高裁の麻薬事件のほうで、
   場所は東京拘置所だった。Kさんが地図を書いて行き方を説明してくれたので、
   迷わずにすんだ。弁護人と一緒に接見室に入る。
   「犯罪を犯した人に会うのは初めてだなあ」と思ったが、
   会ってみると、ごく普通の人だった。
   だが、ガラス越しに興奮してしゃべる被告人の言葉を訳していくのは、
   ちょっと不思議な感覚だった。

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    同じ事件のもう一人の被告人は、とてもマメな人で、
   奥さんに毎日手紙を書いていた。否認事件なので、
   手紙の検閲が厳しいのはわかるのだが、どういうわけか、
   それを全部私が翻訳しなくてはならなかった。この事件は翌年の春までかかったが、
   それまで毎日翻訳ばかりさせられて、とても大変だった。

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    最初の公判は不法滞在のほうだった。
   直前にいろいろ書面が送られてはきたが、どういう順番で必要になるのか、
   それぞれどういう意味を持つのか、実はよくわかっていなかった。
   裁判官にも、Kさんにも、かなり細かく説明を受けてはいたのだが、
   やはり実際に自分でやってみないとなかなか理解できないものである。
   それと、検察官が早口なのに閉口した。ただでさえ、わけがわからないのに。
   訳すほうの身にもなってほしい。裁判に少し慣れて、余裕が出てきたのは、
   翌年3月に受けた4件目の事件の頃ではないだろうか。
   弁護人が親切で、いろいろ教えてくれたし。
   それまでは、わけがわからないままやっていたという感じである。