(2)喪中はがきの話
私が24歳のとき、祖父が亡くなった。
その年の暮れ、喪中はがきを出さないと、と家族が言い出した。
父は当時、ブラジルにいたので、母、私、妹、弟の4人で、はがきをどうするか考えた。
当時はまだ皆若かったので、周りにもあまり家族が亡くなった人がいなかった。
しかも、喪中はがきなんて、いつまでも大事に取っておいたりはしない。
そんなわけで、サンプルがほとんどなかった。
「とりあえず、最後に私たちの名前を書くわね」と母が言った。
そして、父の名前の後に続けて、母、私、妹、弟、と、全員の名前を書いた。
「喪中につきなんとかって書くんだよね」
「うん」「ねえ、でも、たしか、亡くなった人の名前も書くんじゃないかな」
「そうね、そうでないと、誰が亡くなったかわからないものね」。
母は文面の中に祖父の名前を入れた。
「ねえ、でも、これじゃ誰だかわからないよ」
「普通、父○○とか祖父××とか書くんじゃないかな」
「でも、パパにとっては『父』でしょ。ママにとっては『義父』だし、
あんたたちにとっては『祖父』よね。どうしたらいいのかしら」。
私は「全部書いて、各自該当するものに○をつければ?」
と提案したが、さすがに却下された。
「わかった、年齢を入れればいいのよ。そうすれば、
受け取った人に『あら智恵美さんのお父さん?』なんて思われなくてすむもの」。
母は祖父の名前のあとに括弧をつけて亡くなったときの歳を入れた。
「ねえ、でも、ママのお父さんだって思う人はいないかな?」
「大丈夫。おじいちゃんの名前に中西ってつけておけばわかるわよ」。
かくて、とんでもなく常識はずれの喪中はがきの文面が出来上がった。
故人はフルネームで入っているが、父とも祖父とも書いておらず、
差出人は家族全員連名、というシロモノである。
でもそういうことにはトンと疎い私達は「できた、できた」と喜んでいたのだ。
さて、今度はこれをどうやって印刷するかである。
「コピーってのは駄目かしら」という話になったので、
私が会社のコピー機で数枚試してみた。でも、紙詰まりを起こしたりして、
なかなかうまくいかない。まだ新しい会社のコピー機でこれだから、
そこらのお店のコピー機ではもっと大変だろう。ということで、
これはやめることにした。で、結局、プリントゴッコで印刷した。
はがきを受け取った友人たちは大笑いしたらしい。そりゃそうだろう。
今思うに、そもそもの間違いは業者に頼まなかったことと、
家族全員の名前を並べて書いたことだ。父の名前にしておいて、
各自あとから手書きで自分の名前を付け加えるのが常識だと知ったのは、
それから数年後のことである。