ウーパールーパーの探し方

〜調べ物ワールド〜            

   プロの仕事をするには、辞書が「西和」と「和西」の2冊だけ、なんてことでは駄目。
  できれば「西和」は2〜3冊は欲しいし、「西西」も最低1冊はないといけません。だけど、
  辞書を見ても出てない言葉って結構ありますよね。そういうときは一体どうしたらいいのでしょうか。
  私の体験談をこっそりお教えしましょう。

 
     1)ウーパールーパーを探せ!

     ある時、ふと「ウーパールーパー」が頭に浮かびました。
     あれってスペイン語では何ていうんだろう?
     さっそく「和西」をひいてみました。案の定、出ていませんでした。
     次に、スペイン協会が出している「外来語和西」を調べてみました。こちらにも載っていません。
     そこで『日本語大辞典』をひきました。大きな国語辞典です。
     説明文と一緒に英語訳が出ているのがこの辞典のいいところです。
     そこには「アホロートルの通称」だと出ています。で、今度は「アホロートル」をひくと、
     「メキシコサンショウウオ」だと書いてありました。
     メキシコ市周辺の沼に生息していることも判明。つづりは axolotl です。
      xo を「ホ」と読むところとか、 tl などという、
     普通のスペイン語にはないつづりで終わるところが、いかにもメキシコの言葉です。
     『日本語大辞典』によると axolotl はスペイン語だというので、
     そのまま「西和」3冊をひいてみました。
     小学館のには axolotl = ajolote と出ています。
     白水社と研究社のには ajolote しか出ていませんでした。

     さらに調べてみると、ランダムハウスの『英和大辞典』に
      axolotl がメキシコのある部族の言葉(ナワトル語)だということが載っていました。


     さて、めでたく「ウーパールーパー」= el axolotl または
     el ajolote というのがわかったわけですが、ここでひとつ引っかかることが出てきました。
     小学館の辞書には、 feo como un ajolote (太っちょで色黒の、醜い、不細工な)
     という表現が出ていたのです。直訳すると「アホロートルのように醜い」。
     ウーパールーパーが色黒で醜い?変だなあ。
     江ノ島の水族館で見たのは薄いピンク色で、ぽわんとしてかわいかったぞ?

     そこで今度はインターネットで検索してみました。すると、「ウーパールーパー」というのは、
     実は日本でつけられた「商品名」だということがわかりました。
     「アホロートル」のままだと、「アホ」などという言葉が入っていて「まずい」からと、
     適当に別名を考えたらしいのです。
     メキシコサンショウウオのうち、アルビノ(色がないやつ)を商品化したときの名前だったのです。
     だから色も違ったのですね。
     さらに、アホロートルがいるのはメキシコシティ郊外のソチミルコ(Xochimilco)湖のあたり
     ということも判明しました。ソチミルコなら何度も行ったところ。
     あそこにウーパールーパーがいるのかあ、と思ったらなんだか楽しくなってきました。

     余談。「ウーパールーパー」をキーワードにインターネットで検索していたら、
     「こんな裁判(所)はイヤだ!!」というページにぶつかりました。
     おなかを抱えて大笑いしました。せっかくだから紹介しておきましょう。

     http://www.dd.iij4u.or.jp/~masaya/dsworld/log/dsw3_05.html


     2)いないいないばあ!

     アイエスエス通訳センターの教材を作っていたら、
     「いないいないばあ」のスペイン語がわからないことに気づきました。
     「和西」をひいても出ていません。
     こういうときはまず英語から、と研究社の『ライトハウス和英辞典』をひいてみると、
     これまたまったく出ていません。困った!
     でも確か英語では「ピカブー」とか言うんだよなあ、と辞書をあれこれひっくり返してみたものの、
     なぜか行き当たらないのです。そのうちやっと、『日本語大辞典』で
     英語の peekaboo のつづりまでは調べられたのですが、
     「英西」を何冊も開いてみても、見出し語に peekaboo がないのでどうしようもありません。
     ついに手持ちの辞書は全部見てしまい、どうしても調べがつかなくて困り果てていた、
     その時。ふとひらめきました。「ピカブー」という言葉はどこで覚えたか。
     そう、あの本だ!あれを探そう!!

     「あの本」とはレイ・ブラッドベリのSF短編集。
     ある作品の最後が「ピカブー」という片仮名のセリフで終わるのですが、
     最初に読んだときはもちろん何のことかさっぱりわかりませんでした。
     その後、別の訳者のものを読んだら、そこは「いないいないばあ」になっていたのです。
     実は私は大のブラッドベリファン。最初に読んだのが『火星年代記』のスペイン語版。
     高校のとき初めてじっくり読んだ英語の本もこの『火星年代記』でした。
     日本語版も、もちろん読みました。全部の作品をそろえているわけではありませんが、
     スペイン語版は見つけると必ず買っています。だから、
     同じ作品のスペイン語版を見ればいいのです!
     そして。本棚大捜索の末、めでたく見つかりました。
     スペイン語版では、そのセリフは Cucu. になっていました。

     さてところで、これではまだ不安が残ります。本当にこの訳でいいのでしょうか。
     まわりのネイティブに聞いても、よくわからないというのです。
     たまたま男性ばかりだったせいもあるのでしょうが...。
     そこでスペインとフランスに留学したことのある同僚(日本人)にちょっと尋ねてみました。
     すると、彼は「スペインではどうか知らないけれど、
     フランスでは『ククー』って言ってたよ」と教えてくれたのです。
     スペイン語でも同じ音である可能性は高いな、と思いました。

     それから少しして、スペインへ旅行しました。飛行機の中でふと気づくと、
     前の席に赤ちゃんを連れた女性が座っています。
     抱っこされた赤ちゃんは顔が私の方を向いています。
     ついついあやしていたら、お母さんが気がついて赤ちゃんにこう言いました。
      Hazle cucu.(「『ククー』をしてあげて。」)そして、「ククー、ククー」と言いながら、
     赤ちゃんを座席の背もたれの向こうで上下にぴょこぴょこと動かし始めました。
     やった!「裏付け捜査」完了!!
     それにしても私ってついてるわ、と、なんだかとても嬉しくなりました。

     余談ですが、数年後、英語の辞書を買い換えました。
     今度の辞書は peekaboo がちゃんと出ています(小学館『プログレッシブ和英中辞典』)。

     3)TACの正体

     法廷通訳を始めて1年くらいたった頃のこと。被告人のお母さんが脳溢血で倒れたとかで、
     刑を少しでも軽くしてもらおうと、その診断書を家族が送ってきました。
     裁判所に証拠書類として提出するので、当然、翻訳をしなくてはなりません。
     しかし、医者の字が汚くて読みにくいのは世界共通のようで、
     何が書いてあるのかさっぱりわからず、とても苦労しました。
     その上、専門用語はあるわ、略語は多いわで、もう大変。
     その略語の中にTACというのがありました。

     手持ちの「西和」はもちろん、いろんな辞書を片っ端からひいてみましたが、
     TACは出ていませんでした。どうしよう...と思ったその時。ふとひらめきました。
     患者は脳溢血で倒れたのです。そして、前後の関係から、
     その部分にくるのは何かの検査の名前です。脳の検査。となると...。
     「CTスキャン」じゃないか、とひらいめいたわけです。
     そこで『イミダス』でCTが何の略かを調べました。 computed tomography でした。
     これなら、スペイン語の頭文字も同じようにCとTが入るし、順序は逆になります。
     うん、これだこれだ。

     そこでスペイン語の書籍専門店のマナンティアル書店へ行きました。
     立ち読みで分厚い医学辞典をこっそり調べると、ありました、ありました。
      la tomografi
a axial computerizada です。これがTACだったのです。万歳!
     ところで、結局その後すぐ、医学辞典(西西)は(立ち読みしたのとは別のものですが)
     スペインから取り寄せて買いました。
     その事件はあまりにもしょっちゅう医学用語や医学の知識を必要としたもので、
     いつも立ち読みというわけにはいかなくなったからです。
    
     4) mariposa monarca と tortuga negra

     アイエスエス通訳センターの教材に使おうと
     メキシコで録画してきたビデオの中に出てきた言葉です。
     何という蝶、そして何という亀かしら?辞書には出ておらず、まったくわかりませんでした。
     環境問題ということで、その生態などがビデオ中に詳しく出ていたので、それを頼りに探しました。
     スペイン語のポケット版動物学辞典を買い、その中の説明文をじっくり読んだ上で、
     あちこちの本屋で小学生向けの動物図鑑を立ち読みしたり、
     絶滅の危機にある動物のリストを手に入れて、そこから割り出したりしました。
     時間もかかり、かなり大変でした。

     途中、「見つからないの」と親友(イタリア語学科卒)に愚痴をこぼしたら、
     私が知らない間に図書館でいろいろ調べてメモしてきてくれました。持つべきは友達、ですね。
     蝶の方は「オオカバマダラ」。その後、日本のTVでもよく紹介されるようになりました。
     亀は(恐らく、ですが)「ケンプヒメウミガメ」。
     この騒ぎのおかげでウミガメにかなり詳しくなってしまいました。

     なお、白水社の『現代スペイン語辞典』、1999年に出た改訂版では
      mariposa monarca がちゃんと出ています。

     5)落ちてきた雑誌

      「兄弟の何番目か」というのが人間の性格形成にどう影響するか、
     というテーマの記事をスペイン語で読みました。
     面白かったので、一部をアイエスエス通訳センターの教材に使うことにしました。
     途中、フロイトと並んで、知らない人物名が出てきました。
     こんなの調べようがないなあ、と思いつつ、まあいいか、と教材をワープロで打ち出して、
     アイエスエスへファックスしようと、部屋の奥へ行きました。
     私の部屋は本だらけなので、ファックスのある場所までは
     積み上げた本の間を通らなくてはいけません。細い通路しか残っていないのです。
     本の山にぶつかって崩さないように気をつけながらファックスを目指しました。
     
     その時、突然、どこの山からかニューズウィークが一冊「ぽとっ」と足元に落ちてきました。
     拾い上げてみると、それは3年前のもの。「何で読んでないんだ、こんなに古いの」と思いつつ、
     表紙をみてびっくり。その号の特集は『生まれた順で決まる?人間の性格』でした。
     私には「つうやくのかみさま」がついているのかも、と思った瞬間でした。
     問題の人物はもちろん、知りたかったことはすべてその記事に書いてありました。
     感激でした。めでたし、めでたし。

     【ここに出てきた「お役立ちアイテム」は次の通りです。】

     ★西和辞典(私は現在、常時3種類使っております)

       ◇『新スペイン語辞典』研究社

       ◇『現代スペイン語辞典』白水社

       ◇『西和中辞典』小学館

     ★和西辞典

       ◇『和西辞典』白水社

     ★外来語(和西)辞典

       ◇『スペイン語人のための外来語5000』日本スペイン協会

     ★国語辞典

       ◇『日本語大辞典』講談社

     ★英和辞典

       ◇『ランダムハウス英和大辞典(第2版)』小学館

       ◇『ライトハウス和英辞典』研究社 (この時は役に立ちませんでしたが)

       ◇『プログレッシブ和英中辞典』小学館

     ★インターネット

     ★SF短編集

       ◇レイ・ブラッドベリ『スは宇宙(スペース)のス』創元推理文庫
        (作品名は「ゼロ・アワー」)

       ◇Ray Bradbury El Hombre Ilustrado Ediciones MINOTAURO
        (作品名は La Hora Cero

     ★スペイン語ネイティブの友人たち (非売品。お店では買えません)

     ★同僚 (こちらも買えません)

     ★赤ちゃんを抱いたスペイン人のお母さん (もちろん買えません)

     ★新語・時事用語辞典

       ◇『イミダス』集英社

     ★スペイン語医学辞典

         ◇JIMS DICCIONARIO ENCICLOPEDICO DE MEDICINA JIMS

     ★ポケット版(スペイン語)動物学辞典

       ◇RIODUERO ZOOLOGIA

     ★小学生向けの動物図鑑

       ◇『爬虫・両生類』学研

     ★親友 (絶対に買えません)

     ★雑誌

       ◇『ニューズウィーク』TBSブリタニカ

     ★その他、西西辞典、西英辞典各種

        「法廷通訳」の項の「これが便利!書籍リスト」でも、
       いろいろと役に立つ本の紹介をしております。ぜひご覧ください。

                                   (無断転載を禁ず)

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