血液型の話 

 実は、私は自分の血液型を知らない。


 そんな馬鹿な!と思われるかもしれない。確かに、自分の血液型を知らない日本人はあまりいない。なにしろ、初対面の人にまで血液型を聞いて「あ、やっぱりねー、そうだと思ったわ」なんて言ったりする国民なので、事故や大病に縁がなくても、この国では自分の血液型を知らないとなにかと不便なのである。

 しかし、本当に私は自分の血液型がわからないのだ。

 理由は2つある。ひとつは、生まれてこのかた、血液型の検査をしてないということ。病院で生まれた子供はすぐ血液型を調べられるが、小さな産院で生まれたため、調べなかった。少なくとも、私が母から聞いているのはそういう話である。「でも、あんたは間違いなくA型よ。パパもママもA型なんだから。それに、小さい産院で生まれたから、取り違えられたりとかの事故もあり得ないしね」。父はAA型だという話だった。母は、祖母がO型だから、AO型のはずだ。ということで、A型しかあり得ないのだと言われて育った。私も、わざわざ痛い思いをしてまで調べる必要は感じたことがないので、それをそのまま信じてきた。チリで弟が生まれたとき、病院に行ったら、「AA」と書いてあった。やはりうちはみんなA型なんだ、と思った。

 ところがあるとき、父方の従兄弟、M君が大変なことになった。A型だと信じていたのに、検査でB型だと言われたのだ。彼の両親の血液型から考えると、B型は絶対あり得ない。すわ、取り違えっ子か、と大騒ぎになった。

 しかし、M君とそのお父さんは瓜二つである。いつだったか、叔父が自分の高校時代の写真を「Mだよ」と偽って見せてくれたことがあるが、一瞬だまされそうになったくらい、まるっきり同じ顔だった。彼らが親子でないなんて馬鹿なことがあるはずはない。しかし、検査を繰り返した結果、M君はB型の亜種だと言われた。

 妹は「検査をする時によって、血液型が変わるんじゃないの?」と言った。人間はともかく、動物ではそういうのがあるらしい。「右腕と左腕から同時に採血したら血液型が違ったりしてね」。そんな馬鹿な話があるのか?「キメラっていうらしいよ、そういうの」。キメラという言葉にはその後医学記事や漫画などで何度かお目にかかったが、ちょっと違う気がする。まあ、いいけど。

 その後数年して、弟が鼻の手術をすることになった。たいしたことはないが、一応手術は手術である。入院前に血液型を調べた。と、なんたること!AA型だったはずの弟はAB型だと言われてしまったのだ。検査から帰った弟は「大ショック」と落ち込んでいる。だが、チリの病院で生まれたとき、東洋人は他にいなかった。取り違えの可能性はまったくない。おまけに、弟と私は手が(大きさを除き)まったく同じ形をしている。弟の手を見て「なぜ私の手がここに」とぎくりとすることもあるくらい、まったくそっくりである。それに、M君の件もある。だから、なぜそんなに落ち込むのか私にはわからなかった。「どうしてショックなの?」と聞いてみた。弟の返事は「だって、僕は今まで、自分がA型だと信じて、星占いと血液型占いが一緒になったやつ、いつもA型のところを見ていたのに。あれ、全部間違いだったんだよ」。変なやつである。

 翌日はM君の結婚式だった。夜中のうちに弟の血液型の話が伝わっていたらしく、親戚はみな面白がって大騒ぎしている。M君のお父さんが私に近づいてきた。「大変だったね。実は僕もこの間検査したら、AB型と言われたんだ。何十年もA型だと信じてきたのに、ショックだったよ」。お父さんがAB型ならM君がB型でもおかしくないと思うかもしれないが、とにかく、前に検査したときと違っていたということでとてもびっくりしたらしい。

 当時教えていた生徒で、結婚前、血液検査士(というのかな?)をしていたという人がいた。「ABO式血液型の検査では、要するに凝固するかしないかで判断するんだけど、ごくごくたま〜に、凝固しているような、していないような、よくわからない人がいるのよ。めったにないんだけど、そういうのが出てくると、本当に困ってしまって、皆で『どう?凝固してると思う?』『うーん、わからないな』『どうしよう』『えーい、それじゃ、AB型ということで処理しちゃえ』ってことやってたのよ」。いいのか、そんなことして?まあ、何にせよ、かなり珍しいケースらしい。

 妹のダンナは「中西家みんなでペルーへ行って埋まってこい」とわけのわからないことを言い出した。なんでも、ペルーで発見されたミイラで、2〜3体だけ、どうしても血液型が判明しないのがあるんだそうだ。中西一族はその仲間に違いないと彼は主張するのである。

 そうこうするうちに、メキシコに駐在していた父が帰国した。社内の健康診断を受けてしばらくたったある日、電話がかかってきた。「すみません、再検査が必要なんですが」。電話を受けた母はピンときて、動じることなく言った。「あ、血液型ですね」。相手はびっくりしたそうだ。そりゃそうだろう。普通、夫が再検査とか聞いたら、まず奥さんはパニックである。医者嫌いの父は文句を言いながら再検査に行ったが、結局血液型はわからなかった。BかABの亜種で、とにかく、A型ではないらしい。

 しばらくして、父が近所の医者に「僕は血液型不明なんです」と話したところ、医者は「血液型がわからないなんて、そんな馬鹿なことがあるか。うちで調べてあげるから大丈夫。1週間後に結果を取りに来なさい」と自信満々で言った。父は血を抜かれてうんざりしたが、まだ少し希望を持っていたらしい。1週間後、父が結果を取りに行くと、医者がしょんぼりしている。「...ごめんなさい。わからなかったんです」。医者はぜひ再検査をしたいと言ったが、父は怒って帰ってきた。それ以来、父は血液型を調べていない。

 弟はその後、別の病院で詳しく調べてもらい、AB型の亜種と判明した。詳しい血液型はここには書かないが、医者の話では日本全国で100人くらいいるそうである。「なーんだ、結構いるんじゃん」とその話を聞いたときは思ったが、よく考えると、100人程度なら、全員遠い親戚とかに違いない。

 この話をすると、友人たちは必ず「でも、そんな変わった血液型だったら、輸血の時はどうしたらいいの?」と聞く。でも、ご心配なく。中西家は、少なくとも家系図でたどれる範囲では、輸血が必要なほどの事故にあったり大病をしたりした人は一人もいないのだ。母が運転中に車をぶつけた時も、母はハンドルで胸を打って1週間くらい痛い痛いと言っていたが、助手席にいた父はかすり傷ひとつなく、ぴんぴんしていた。世の中うまくできているものだと思う。

 余談だが、O型だったはずの母方の祖母は最近の検査でA型と言われたらしい。こちらは単に昔の検査が間違っていただけという説が有力だが。

 そんなわけで、私は自分の血液型がわからない。検査を受けても、父のように永遠の再検査地獄に陥るのなら、時間の無駄である。ずっと「おとなしくてまじめなA型」として生きてきたが、最近の自分を振り返ってみると、ちょっと違う気もする。まあ、そのうち暇になったら、調べてみてもいいかな、と思わなくもないが、これでごくごく普通のA型だったら、かえってがっかりもしれない。

                       (2000.9.3.)

(無断転載を禁ず)



 学生時代の写真です



 


 Sra. ラッサナ・ラマヤさんから情報をいただきました。
 私が「血液検査士(というのかな?)」と書いた職業は、
 正式には「臨床検査技師」というそうです。かっこいい!
 また、「亜種」ではなく、「亜型(あがた)」と呼ぶのが正しいそうです。

                                 (2000.9.8.)


この文章を書いてから2年。やっと父の血液型が判明しました。
詳しくは書きませんが、弟とまったく同じ、AB型の亜型だそうです。
私自身の血液型はまだ調べてないのでわかりません。
なお、この2年間で2件、「私も亜型です」という掲示板書き込みが
ありました。まったく知らない方なのに親近感を覚えてしまいます。

                          (2002.10.3.)